Shinichiro Yamamoto

山本 慎一郎

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「オープンソース推進レポート2024」公開

「オープンソース推進レポート2024」が公開されました。
はじめに断っておきますが、今回は不満をつらつら書き連ねたお気持ち表明です。
その点、ご承知おきください。

情報処理推進機構(IPA)
2024年度オープンソース推進レポート:日本におけるオープンソース戦略形成に向けた現状と展望
https://www.ipa.go.jp/digital/kaihatsu/oss/about/report2024/nl10bi0000008yyz-att/open-source-report2024.pdf

まず、全体の感想から。

レポートのほとんどに言えるのですが、少し楽観的過ぎるというか、簡単に考えすぎではないかと思いました。
オープンソースソフトウェア(以降、OSS)が日本で普及しないというのが根幹にあるテーマなのですが、その深掘りが今一つ。
システム開発の現場(主にSIerや自治体レベル)を見てきたかのようなお話をしていますが、そもそもOSSのようなものは、文化や思想の違いからお話をしなければいけないものだと思います。
アメリカなどでOSSが進んでいるのは、この資料が言っている「公共財」という概念が、そもそも文化・思想・宗教的に根付いているという要因もあると思います。
それに全く言及しないで、日本のOSSは進んでいない、政府が主導してOSSを育てていくシステムが必要だなどと語るのは、ナンセンスだと思います。

それから、OSSを使うことに関するメリットは書かれているのに、OSSを使うことについてのデメリットが一切考察されていない。
OSSは、別に神器でも何でもないんです。
メリットがあればデメリットもある。
そういうものであるはずです。
デメリットまで頭が回っていないのか、意図的に書かなかったのかは分かりませんが、OSSを普及させたいと思うのなら、様々な角度からメリット/デメリットを分析し、ユーザ側がそれを評価できるようにすべきです。
それをしないで、『こんだけメリットがあるから普及させよう!』というのは、あまりにも軽率です。
資料ではリスク管理が必要だとか言っていましたが、そもそもこの資料ではリスクを十分に特定できていないわけですから、片手落ちもいいところです。

それと、OSSに関するアンケートを取っていますが、ただアンケートをとってその数値を比較しただけで、まったく深掘りができていません。
しかも、オープンソースプログラムオフィス(OSPO)などという『そんなもの一般企業は知らなくて当たり前でしょう』というような組織について、質問しています。
別にアンケートのテーマがそれなら問題ないのですが、そもそもOSSが利用されていないというのに、OSPOなんてものがあるわけがないんです。
つまり、現段階でアンケートできるのは、『OSS知ってますか?』『OSS使ってますか?』『使わないのはどんな理由ですか?』ぐらいまでであって、OSS利用の先にあるOSPOを今の段階で聞いたところで意味のある回答を得られるわけがないのです。

総じて、全体として思慮が浅く、IPAの資料とは思えない内容でした。

次にポイントごとの感想を。

第1章で、OSSのあるべき姿を論じているところは、賛同できるものでした。
システム開発がこの先経験するであろう、効率的で、スピード感にあふれた、エコシステムの形成という局面で、OSSが力を発揮するのは間違いありません。

また、OSSが「公共財」であることも、よく分かります。
OSSは、単なる「無料で使えるソフトウェア」ではなく、みんなで管理していく共有資産というのはその通りだと思います。

第2章は、先に触れたアンケートの部分なので、細かい点は割愛します。
OSSが普及する前にOSPOが普及するはずなんてないのです。
もっと現実やこれまでの業界の過去を振り返って、気が付いていただきたいと思います。

第3章は、コミュニティへの還元がテーマになっていました。
ここも、文化などの検討が必要だろうというのは、先に述べた通りです。

ただ、他にも見落としている点があると思います。
例えば、「日本国内で起こっている課題」として、次のようなものが挙げられています。

  • プレイヤー間の連携不足
  • 短期的利益への偏重
  • 課題共有の不徹底

確かに、どれも課題だとは思うのですが、本当にこれだけでしょうか?
もっと重要な課題がありませんか?

例えばです。
私が『OSSコミュニティへの還元において、一番の課題は何ですか?』と聞かれたら、『多くの人が、無料で使えるソフトウェアとしか思っていないこと』を挙げると思います。
つまり、そもそも還元するなんて発想がないんです。
予算や工期を抑えて作れって言われたから、検索や生成AIに質問して見つかったOSSを使うことにしました。
その程度なわけです。
それ以上のモチベーションを持っている人、私の周りにはいません。
私が世間知らずなだけでしょうか?

それから、「なぜオープンソースのコミュニティは持続が難しいのか」という問いかけがありますが、そもそも言うほどOSSのコミュニティって立ち上がってますか?
海外のOSSプロジェクトに参加したいという声はたまに聞きますが、日本国内で大々的にOSSのコミュニティを立ち上げて、みんなで頑張っていこうという声はちょっと聞いた記憶がないです。
私が情報を集めていないだけかもしれませんが、せっかく他の場所でアンケートしているぐらいなので、ここでも定量的に示してほしかったです。

それと、今のコミュニティの維持の件で、主張が矛盾している点があります。
資料では、コミュニティの維持が難しい理由として、『発注側がメンテナンスやサポートから離脱する問題』というものを挙げています。
一方で、資料の冒頭では次のように述べています。
『プレイヤーの多くは大企業が抱えているとみられ、実質的に OSS エコシステムをコントロールする立場にある。大企業のビジネス戦略に沿って OSS プロジェクトが進化することで、エコシステム全体の方向性が左右されるリスクが否めない。もしこれらの企業がプロジェクトから手を引く、あるいは開発リソースを大幅に削減するような事態が起きれば、該当する OSS に依存している他の企業や開発者は、代替手段の確保やプロジェクトのフォーク(分岐)などを迫られ、大きな損失を被る可能性がある。結果として、OSS の強みである「誰もが利用・貢献できる」という理念が形骸化し、エコシステム全体の健全な発展が妨げられる恐れがある。』
この記述を見る限り、この資料の執筆者は、特定の企業などがOSSの維持などをハンドリングすることに否定的な立場だと思ったのですが、違うのでしょうか?
特定の企業がハンドリングすることに否定的な立場であれば、そもそも発注側がメンテナンスやサポートをし続けるなんて発想は、極めてナンセンスです。
本当に「誰もが利用・貢献できる」のであれば、特定の企業に依存しない体制を構築すべきです。
コミュニティの持続可能性が損なわれるとか言ってますが、そもそも特定の企業に依存する体制は、OSSとして持続可能な状態ではないことに気づいていただきたいです。

続いて、4章、世界の政策事例ですが、法案等の紹介に終始していたのは残念でした。
取り組みを紹介するなら、せめて現状でどのような成果が出ているのかまで、もっと調査していただきたかったです。
それがないので、「ふーん、そうなんだ」で終わってしまいます。
こういう取り組みをして、こういう効果が出ているから、日本もこういうところを見習っていこう、みたいな話があるとよかったと思います。

次に、5章の日本が取り組むべき推進策ですが、これはなんかもう絵に描いた餅というか、ここまでの主張が今一つまとまりきっていないので、結論を見てもあまり賛同できませんでした。
『まあ、確かにそういうことをすればいけるかもしれないけど、実現性はどうなの?』という感じでした。

最後に6章ですが、ここも何か『そこじゃないよなぁ』という気がしてなりませんでした。
例えば、「オープンソースエコシステムの現状把握と介入策の検討」とありますが、『そもそもOSSが適切に活用されていない、管理もされていない』という話をしていたのに、それをすっ飛ばして「オープンソースエコシステム」の現状を見ても仕方なくないですか?
今の日本では、OSSもエコシステムも、どちらもまだまだ不完全な状態なわけです。
土台ができあがっていないのに、その上に作るものの話をしても意味がないでしょう。

「組織の戦略的な意思決定プロセスの普及啓発」についても、本当に検討したのか怪しいものです。
『経営層や管理職レベルでの理解を深め、投資判断をスムーズに行える仕組み作り』なんて言ってますが、経営層がほんとにそんなこと気にできますか?
あれだけ補助金が積まれたDXでさえ中々動き出そうとしなかったのに、一切お金にならないOSSなんかを気に掛ける余裕はあるのでしょうか?
私はないと思います。

そして、「オープンソース人材の育成」。
これも目の付け所が悪いと思います。
なんで一から育成しようとか考えるんでしょうか?
今まで散々OSSの話をして、『既に出来上がってるものを使って効率よくやっていこう』って話をしていましたよね?
なんで、既にOSSのコミュニティに貢献している人に頼ろうとしないんでしょうか?
既に貢献している人に頼めば、どういうモチベーションでやっているのかとか、どういうメリットを享受しているのか、経済的にどんな効果が見込めるかなど、説得力を持って教えてもらえるのではないでしょうか?
これを書いた方は、本当にOSSの思想や取り巻く環境を理解されているのでしょうか?

というわけで、久しぶりに不満たらたらのお気持ち表明となってしまいました。
こんだけ不満を言ってると、じゃあお前はOSSに貢献してるのかよと言われそうですが、ほとんど何もしていません。
以前、イーサリアムのコミュニティでちょこっとサポートした程度です。

私自身は、OSSそのものには肯定的ですが、安易にOSSを選ぶことには否定的な立場です。
『OSSを使うこと』に慣れてしまうと、エンジニアは何も考えなくなり、スキル水準が落ちます。
ちょうど、生成AIまかせで誰でもプログラミングが組めるようになったのと同じようなものです。
プログラミングは分からないけど、生成AIを使ったらできた、というようなケースでは、そもそもプログラムの処理について説明できないと思います。
自分で使う分には問題ないと思いますが、商品として世に出すというのであれば、ちょっと問題ではないかと思います。

そういう背景もあるので、エンジニア、特に新人や若手が、OSSを使うだけになってしまうのには反対です。
せめて、少しでも構造や処理を理解したうえで使ってほしい。
そのように思っています。

ちょっと横道にそれてしまいましたが、この資料を読んでも、私の周りを見渡しても、資料が指摘しているようにOSSの課題は山積みです。
恐らく、「公共財」という部分が受け入れられるかがカギになるかと思いますが、それをどうやって実現していくかについては、まだまだ検討の余地があると思いました。
生成AIの台頭も著しい中で、今後OSSがどうなっていくのか。
日本は取り残されていくだけなのか。
もうちょっと、様子を見てみたいと思います。

それでは、イーサリアムのコミュニティなら参加したいと思った、山本慎一郎でした。

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